夜明けの星04

「あ、これ、うごきやすい…」
「はーん、そうかよ。じゃあ、それはひとまず確保しておくか。店主、他のも見せてくれ」
「はいよー」

朝食を終え、二人は街にある武器と防具を扱う店に訪れていた。
大通りから一つ外れたとおりに立っているこの店は、駆け出しの若い冒険者でも扱える初心者向けのものを扱っている店だ。
盾や鎧が整然と並べられ、壁やスタンドに掛けられている剣や槍は燦然と輝きを放っている。
店主はのんびりとした応対でいまいち武器屋の主人っぽくないが、扱っている品はどれもまともなものだと狭間の追憶亭の亭主は言っていた。

「…えっと、さっきのほうが、いいかも」
「おう。店主、さっきの革の胸当てをまずくれ。魔獣の革で作られたやつだ」
「わかりました、その方の体格に合うものだとこちらになりますね」
「ああ。なんの革だ?」
「トードの革ですな。しなやかでのびるので動きを阻害しにくいのが特徴です。強度はまあ、ゴブリン三体ぐらいに殴られても大丈夫ぐらいですかね」
「ふーん、なるほど。値段は?」
「この価格になります」
「……まあ、相場か。ここで武器も買う予定なんだけどよ、あわせて買ったら多少値引いてくれるとまた利用したくなんだけどなァ……?」

シェスが蜂蜜色の瞳を細めて艶やかに笑いながら店主に値引き交渉をすると、店主は困ったように肩をすくめた。

「ひえ~、お客さん困った人だねえ…。じゃあアンタもそっちの坊やも武器買ってくれたらすこしだけまけたげるよ」
「…そっちも、なかなか強かじゃねぇか。まあ、俺も投擲用のナイフが欲しかったところだ。いいぜ」
「へい、まいど~」

奥から店主が持ってきたのは小ぶりのナイフ十本と銅でつくられたロングソード一本だ。

「ナイフの方はちゃんと回収して手入れをすれば長く使えるものと、質はそこそこで使い捨て用のものがありますが、どうします?」
「使い捨ての方でいい。回収してつかうタイプのはもう持ってる」
「承知しました」
「こっちは、ロングソードか。ひよっこにはちょいと長過ぎるかもしれねぇな」
「ショートソードのほうがいいですかねえ?」
「持たせてから考える。ひよっこ、こっちにこい」
「う、うん」

店主とシェスの会話をぼんやり聞いていたノウは、シェスに呼ばれて慌てて二人に近づいた。
目の前に、ロングソードが差し出される。

「持ってみろ」

恐る恐る手にとった瞬間つたわってきたのはずしりとした重みだ。
思いっきり力を込めれば持ち上げられないこともないが、振りかぶって狙った場所に振り下ろすには力が足りない。

「ん、ぐ…っ、うう…」

両手どころか全身がプルプルと震えている。
やがてカツン、と音を立ててロングソードの刃先が床に接触する音があたりに響いた。

「……、……」
「……、……」
「店主」
「はいよ」
「ショートソードをみせろ」
「はいはい」
「うう…」

再び奥へ消えた店主を見送りながら、ノウはしょんぼりと肩を落とした。

「両手でちゃんと剣もてなくて、ごめんなさい…」
「ガキのうちから振り回せるヤツのほうがすくねぇだろ。お前が持ってみたそうにしてたから試しに持たせてやったんだよ」
「ぐす…っ、でも、ロウ兄さんは…、おれぐらいのときでもとってもつよかったのに…」

思い出すのは一番上の兄の姿だ。
幼い頃から力仕事を率先して手伝っていたノウの一番上の兄は、村でも指折りの強さを持っていた。
野犬や猪を追い払うのが上手で、いつ調達したのか鉄の剣を軽々と振り回して追い払っている姿にノウは憧れを抱いたものだ。
今、兄弟姉妹たちはなにをしているのだろう。元気だろうか。
自分の至らなさと故郷を懐かしく思う気持ちで視界が滲む。

(でも、でも、シェスさんにすごいなっていわれたい、なあ…)

ホルドナの指南役の男たちはただ怖かった。
シェスのことも正直に言えば少し怖い。
怒るときは、その端正な顔を歪めてじんわりと怒気をにじませるし、下手なことを言えば頬をぐにっと抓られる。
それに、夜でかけていって帰ってきたとき、時々錆びた鉄の匂いがする。

――――でも。

「…俺はお前の兄貴や姉貴がどんなやつかしらねえ」
「…え」

すぐに涙目になる自分に呆れながらも。

「お前しか診たことがねーのに、どうくらべろっつーんだ? 真面目にやってんだったらぴいぴいないてないで胸をはればいいだろうが」

そういってシェスはノウを諦めないでいてくれているのだ。
だからがんばりたいとノウは思っている。

「……うん」
「…にしても、お前ほんっとすーぐぴいぴい泣きやがるなァ。ひよっこどころかもうあれだ、ひよこだな。ひよこ」
「えっ!?!?」
「お前今からひよこちゃんな、くくく…」
「えっ、えっ、やだ!やだよ!!」

ひよっこ呼びがさらにひどくなってしまいあわてて抗議するノウだが、シェスはニヤニヤと笑うばかりだ。

「おうおう、ひよこちゃんがぴいぴいうるさくて仕方がないぜ。店主、ショートソードはまだかよ」
「はいはい、お持ちします~」
「まって!シェスさんまって!おれ、ひよこじゃないよ!!」
「ひよこちゃん、ほら、こっち持ってみな」
「ねぇ、きいてよ!シェスさ…あっ、もちやすい…」

思わず神父服の裾を引っ張るが、意に介さずショートソードを持たされる。
それは羽根のように軽いとまではいかないが、さっき渡されたロングソードよりもずっと持ちやすかった。
あっというまに剣の方に注意がいってしまったノウである。
わあわあと細い瞳を輝かせながら剣を持ち上げている様子を尻目に、シェスは店主の説明を聞いた。

「悪くねぇな。あれも銅でできてんのか?」
「あれは青銅ですね。小柄な人向けにつくられているので使い勝手はいいと思いますよ」
「まあ、妥当か。んじゃ、あれもくれ」
「まいど~」
「今日はこれぐらいにしとく。また来たときは頼むぜ」
「ええ、ええ、是非!」

機嫌が良さそうな店主に金を払い、鎧と剣を受け取る。
ついでに剣を帯刀するためのベルトもついでに買っておいた。

「おい、ひよこちゃん。出るぞ」
「ひよこじゃないのに!うう…!!」

ひよこ扱いされたことを思い出したノウが不満げにシェスを見上げるが、シェスはにやにやと笑いながらはぐらかすばかりだ。

「他の店みてまわるんじゃねーのかよ。ここでグダグダしてたらもうよる時間なくなっちまうなァ」
「えっ、あっ、お店、みたい」
「じゃあ、さっさと来な」

そういってぞんざいに手を取り、取られ二人は歩き出した。
相変わらずシェスの歩幅は、まだ成長しきれていないノウの体躯に合わせた速度だった。










大都市の大通りは今日も賑やかだ。
立ち並ぶ店も変わりなく、各屋台の店主が明るく客を呼び込んでいる。

「クッキー、いりませんかー!サンドイッチもあります!」
「先生とみんなでつくりました!リボンと髪かざりも売っていますー!」

喧騒に混じって赤茶色の髪の小さな少女と少年がこじんまりとした屋台から身を乗り出していた。
何度も洗われて色落ちしてしまった服は、それでも清潔にしようとしたあとがある。
小さな手は日夜の水仕事で荒れていた。

どちらも10代半ばといったところだろうか。
この二人は、町外れの孤児院で生活している子どもたちだった。

市場で物品や食品を売るには許可がいる。
継続して売るとなれば、場所代も払わなければならない。
二人がくらしている孤児院は食事に困るほど困窮してはいないが、人通りの多い通りに毎日場所代を払って物を売る余裕はなかった。
今日は久しぶりに場所代を支払うことができて役所から許可がおりたため、こうして保護者として付き添ってくれた孤児院の先生である初老の女性と雑貨やお菓子を売っている。
場所代を差し引くとほとんど利益にならないのだが、孤児院の存在を知ってもらうことで寄付を募ったり、子どもたちのためにいらなくなった古着をもらうきっかけになればと大人たちと子どもたちが相談してはじめた。
彼らは孤児だが、孤児だからといって理不尽な扱いを受けることはあまりない。
高級住宅街が立ち並ぶ通りにはさすがに入ることはできないが、中流階級の市民が生活する通りや店なら清潔にしていれば出入りを制限されることはなかった。

「あの…」
「はい!」

溌剌とした声で呼び込みをしてくるとおずおずと声をかけてくる者がいた。
くすんだ金髪に褐色色の肌。背丈は自分たちと同じくらいの少年だ。

「これ、ください」
「わあ!ありがとうございます!」
「ありがとうございます~!えっとえっと、それと、それで銀貨二枚です!」

銀貨を差し出した少年に二人は、ハイッ!と商品を手渡した。
初老の女性は子どもたちをあたたかく見守っている。
クッキー一袋とサンドイッチを一つ買ってくれた少年は、このあたりでは見かけない顔だ。

大都市は人の出入りが激しいので、旅行者だろうか。

「ここらじゃ見ないね!」
「ひっこしてきたの?旅行中?」
「……えっ、あっ、えっと、しばらくここの宿にとまるんだ」
「そうなんだ~。ひとり?」
「ううん、いっしょにきてるひと、いるから」
「そっか。じゃあ近くにいるの?」
「うん、あっち」

少年が指をさす方に、日傘をさした端正な顔立ちの大人が立っていた。
蜂蜜色の少しつり上がった瞳と絹のようにしなやかな白銀の髪をしたその人は、子どもたちの目線に気づくと瞳を艶やかに細めて笑みを深めた。
ほあ…っとなった子どもたちと女性に少年は頭を下げて、先ほど指を指した麗人の方に駆け寄っていく。

「うあ~、きれいなおねーさんだったね」
「ねー、でもあの服、教会の神父さまがきる服ににてたね」
「ええ!じゃあおにーさんだったのかなあ。あの子とあの人、兄弟なのかな?」
「どうだろ~。わかんない」
「ほらほら、あなたたち。ちゃんとお店番をしないとだめですよ」
「「はあーい」」

二人が見えなくなるまで、子どもたちの視線はどこか落ち着かないのだった。















「何買ったんだ」
「んとね、クッキーと、サンドイッチ」
「ふーん」

ノウは紙袋を片手でかかえて、片手でシェスの手を握る。

「そこの噴水のはしっこにすわってもいい?」
「ベンチがあいてんだから、ベンチでいいだろ」
「あっ、ほんとだ。ベンチあいてるね」

通りを暫く歩くと開けた中央に出る。
噴水といくつかのベンチが並んでいるここは市民の憩いの場所なのだろう。
親子が噴水の近くで談笑したり、老夫婦がのんびりと散歩をしているのが目に映る。

シェスの許可が出たので、ノウも空いているベンチに座ってサンドイッチを口に運んだ。
パンは少し固めだが、しゃきしゃきの野菜と焼いた卵が入っていてとても美味しい。

「シェスさん、これ、おいひい、よ」
「のみこんでからしゃべれよ、ひよこちゃん」
「ひよふぉじゃひゃいのに!」

もぐもぐたべながら抗議してもシェスはどこ吹く風だ。
もうシェスのなかでノウはひよこになってしまったのだろう。

「…あ、そうだ。シェスさん」
「なんだよ」
「あのね、クッキーも買ったんだ。あの子達がつくったんだって、すごいね」
「おう」
「こじいん?っていうところでくらしてるらしいよ」
「…………」
「…シェスさん?」
「…それで?」
「う、うん、えっと、シェスさん、クッキーいっしょに食べる?」

おずおずとクッキーを差し出す。
サンドイッチも本当はシェスとわけて食べるつもりだったが、夢中で食べているうちにノウの胃の中へすべておさまってしまった。
幸い、クッキーはまだ手つかずだ。

「――いらねぇ。お前のおやつにでもしな」

だが、シェスは眉を寄せて不機嫌そうに嗤いながら受け取ることを拒んだ。

「クッキー、きらいだった…?」
「ちげぇよ」
「そうなの?じゃあ…」
「味がしねーからな」

どうして、と問いかけようとしたノウが口をつぐむにはシェスの返答は十分すぎるものだった。

「…えっ?」
「何食っても同じなんだよ。人の食いもんは全部な」

いつからか、シェスは血以外を口にしても味を感じなくなってしまった。
肉をかめばまるでゴムのようで、魚を含めば棘が刺さった布のようで、果物や製菓も無味の液体や泡のかたまりのようだった。

「だからいつもペッてしてたの…?」

蝙蝠姿のシェスに色々持っていったときのことを思い出す。
ノウが差し出したお菓子やパンを食べてくれなかった理由がようやくわかった。

「そーだよ、ひよこちゃん。飯を持ってきてくれたのに悪かったなァ。何食っても味がしないもんで? ――それに」

歪んだ笑みを端正な顔にこびりつけながら、シェスが白い指をすっとノウに伸ばす。
トンッ、とノウの首を軽く押して、シェスは嘲りの混じった声で囁いた。

「――お前の血のほうが、うまそうだ」
「ひえっ…」
「知ってるか?女とガキの血はうまいんだ」

白い手袋越しでもその指は何処かひんやりと冷たい。
持っていたクッキーの袋がくしゃっと歪む。

「の、のんだこと、ある、の」
「…知りたいのか? 教えてやろうか、ひよこちゃん…?」
「い、いい!!」
「ヒヒヒ…そうかよ…」

あわあわと震えているノウに満足したのか、シェスはすいっとノウの首から指を離す。

「ほんとに、ごはんの味がしないの?」
「うるせーな。くどい男は嫌われるぜ?」
「うう…っ!」
「クッキーくうなら一人で食いな。食わねーなら今日は終いだ。帰んぞ」
「う、うん…。クッキー、明日、たべる」
「おう」

ベンチから立ち上がって宿へ向かう。
シェスは先ほど歩いてきた通りを一瞬振り返った。

(孤児院、ねぇ。ここにもあるのか)

孤児院仲間やシスター、神父とバザーに行ったことがあった。
素朴な焼き菓子と布小物を抱えて店頭に並べるのはとても楽しかった、気がする。
もう、ほとんど、思い出せないが。

ぼんやりと遠い昔を思い出しながら歩くシェスは、ノウが自分を見上げてぎゅっと拳を握り、何か決意を固めているのには気づかなかった。

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