路地裏の怪異(シェス、リジィ)

 

モブ視点から始まる身内にしか甘くない問題児(※成人男性)二人の話。

 

 

見たものが一夜の夢をみるほど蠱惑的な美貌を携えた男と、相手の心を良くも悪くもかき乱すような浮世離れした風貌の男がこちらをみていた。
一見女性に見紛う美貌の男は神父服に身を包んで人好きのする笑みを浮かべ、蒼いローブを纏った浮世離れした風貌の男は路端の石をみるかのように表情がない。


男二人はこちらを、自分を、みている。


背を向けて走り出したいのに、蛇に睨まれた蛙のように身体を動かすことができない。
こんな二人組と関わった覚えがないのに、なぜ自分はここにいるのだろうか。


カチカチと聞こえる耳障りな音が自分の歯が鳴る音だときづいたのはいつだったか。
何故こんなことに?と散り散りになった思考をかき集める。
さっきまで自分は仲間と酒を飲んでいたはずだ。
自分は酒の味があまりしなかったが、仲間は気分良く酒を飲んでいた。
宵も深くなり酒場を出た後裏路地を通って帰るところだった、はずだ。


「―――そこの」


浮世離れした風貌の男が口を開いた。高圧的で冷気を孕む低い声だ。
それだけで心の臓に氷刃を突き立てられたような感覚に襲われ、ひゅっと無意識に息を呑んだ。
自分の返答など必要ないのだろう。男はどこか煩わしそうに続けて声をかけてきた。


「尋ねたいことがある。顔に傷がある、緑色の髪をした子供を知っているか?」


ほんの微かに首を傾げた際、男の、夜露を含んだような蒼みを帯びた黒髪がサラリと揺れた。
感情が抜け落ちた能面のような顔と視線に背筋が凍る。


「…お前、ほんとあいつのことしか考えてねぇなァ」


浮世離れした風貌の男の隣りにいた、蠱惑的な美貌の男が呆れと揶揄混じりに口を開いた。
顔には人好きのする笑みがべったりとはりついている。
その言葉を聞いた浮世離れした風貌の男が、一瞬眉をひそめて感情を表出したのは果たして気の所為だったろうか。


「―――なぁ」


笑みを浮かべたままその男もこちらへと視線を向けた。
傲慢に親しみを練り込んだような艶気のある声だった。
蠱惑的な美貌の男は人懐っこい笑みを浮かべたままだ。


白絹のように透き通った白銀の髪の向こうに月が二つ。
男は笑っている。ずっと笑っている。


「さっきこいつが言ったチビと一緒に桃色の髪をしたチビもいただろ? 赤いワンピースを着た耳が獣のチビだ」


――顔に傷がある緑髪の子供。


――赤いワンピースを着た桃髪の子供。


は、は、と浅くなった呼吸を必死で整え、記憶をたどり、思い当たった。
この二人は知らないが、その子供二人は知っている。


仲間が臨時収入があったから旨い酒を飲もうと言った手には、自分のものでも仲間のものでもない銀貨袋が握られていた。
自分たちは世間一般で言う善良な市民からずれた存在で、金目の物を他人から奪い、自分の稼ぎに置き換えて酒を煽る、持ち金がなくなればまた同じことを繰り返す。
そういう集団だった。
最初はいけ好かない者を標的にしていたがそのうち見境がなくなっていき、金目の物を持っていれば老若男女目についたものならだれでもよくなった。


その日、標的を物色する仲間が見つけたのは、一般市民からすると少しだけ敷居が高い店、店の前にいた子供二人が持っていたずしりと重そうな銀貨袋。
仲良く買い物をしている子供二人。まわりに保護者は見受けられない。
年の離れた生き別れの妹(自分とは違い、たしかいいところにもらわれていった)をふと思い出して、「子供はやめないか?」と控えめに言っては見たものの、誰にも聞き入れてもらえなかった。
まあ、確かに今更かと食い下がることもしなかったのだが。
かくして、銀貨袋の強奪は成功した。


―――しかし、子供二人は泣き寝入りするタイプの子供ではなかったらしい。


財布をとった仲間を追いかけてきたのだ。
子供の足だと高を括っていたのに、徐々に距離を縮められ焦ったのは誰だったか。


仲間が偶然居合わせた馬車の馬をわざと蹴り飛ばし驚かせたのを見た。
暴れる馬に蹴飛ばされそうになった桃髪の子供を、緑髪の子供が庇った直後、嫌な音がしたのも聞こえた。


―――おかしいと思ったのだ。


その場を逃げるように走り去った仲間を追いながら後方を見やれば、緑髪の子供は血を流しながらもケロリとしていた。
下手をしたら死んでいたかもしれないのに、痛みに泣くことも顔を歪めることも一切ない、感情の見えない顔とどろりとした赤い瞳は今思えば異質だ。
桃髪の子供は泣いていたがすぐに緑髪の子供に応急手当を済ませていた。


―――ただの子供にしては手慣れすぎていたのに何故気づかなかったのだろう。


きっと眼の前にいる男二人はあの子どもたちの関係者だ。
笑みを浮かべた男と笑みを浮かべていない男は対照的であったが、自分に突き刺さる視線が孕む感情はきっと同じ類のものだ。
月明かりがゆっくりと路地裏を照らすと、足元がよく見えた。

 

 

 


――眼球がぐるりと裏返り、口から泡を吹き、不明瞭な言葉を発している仲間達が折り重なるようにひしめく足元が。

 

 

 


「付き合う相手は考えたほうがよいのではないか?」


浮世離れした風貌の男が、道端で粗相をした子供に注意を述べるかのように事務的な声で呟いた。
ふわりと揺れる羽根の耳飾りをつまんで、心底どうでも良さそうに。


「あとは、そうだなァ。ターゲット選定は計画的にってやつだ、ははっ!」


気安く世間話をするかのように、蠱惑的な美貌の男が軽やかに笑う。
首に下げた赤黒い十字架をぱちんと指で弾きながら。


「――さて。当初はすべての者に同じ処遇をと思ったのだが」


浮世離れした風貌の男は、何の感情も伺えない顔で足元をちらりと見やり、すぐさま自分へと視線を戻す。
もうすっかり感覚が麻痺してしまった自分は、まるで舞台を見る観客のように立ち尽くすことしかできず、意識を保つのがやっとだった。


「このまま見逃してやってもいいけどよ、ばっちり顔を見られちまったからな~」
「だから私は言ったのだ。わざわざ相対せんでもやりようはあったと」
「おお、こわっ。むしろどういう手を使おうと思ってたのか想像するだけで震えるぜ」
「どの口が言うか、この性悪め」
「そんなに褒めるなよ、照れるじゃねーか。…まあ、ちょいと、今日のことは忘れてもらおうかってところで落ち着いたんで、それでいいよな? そこのお前には聞いてねぇけど」
「なに。日常生活を送るのに何ら支障はない。問題なかろう?」


蠱惑的な美貌の男がゆるりと笑った。
浮世離れした風貌の男が首を微かに傾けて、蒼みがかった黒髪がサラリと揺れた。
男たちがこちらに一切の返答を許していないことを肌で感じとる。


いつの間にか近づいてきた浮世離れした風貌の男が、青い石を自分の額にこつりと当ててきても動くことができない。
ずっと笑っている蠱惑的な美貌の男が、"赤黒い銃から一切手を離していなかった"からだ。


「あいつらがな。傷薬、ありがとうってよ。お前、運が良かったなァ」
「…次はないぞ。良いな」


恐怖で滲んでいた視界が少しずつ暗くなっていくのを感じながら、次に目が覚めたとき自分はどうなっているのだろうとぼんやり考える。
男二人の顔が、声が、今自分を取り巻く事態の記憶が、急速に脳裏から溢れ落ちていくのがわかった。


蠱惑的な美貌の男はずっと笑っていた。
浮世離れした風貌の男はずっと笑わなかった。

 

 

 

 

 


――それすらも次に目を開けたときには覚えていないのかもしれない。

 

 

 

 


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「そういえば、知ってるか?」


ある街のある日の昼下がり。冒険者がよく利用する宿の食堂で、三人の男性が軽食をとっている。
この三人は"巡る渡り風"という名で六人でパーティを組んでおり、今回ははるばる依頼を受けに全員でこの街へと訪れていた。
話を切り出したのは、くすんだ金髪と褐色の肌をした、全身から人の良さそうな雰囲気が滲み出ている素朴な青年だ。


「あー? なにがだよ、ひよこちゃん」


クッキーをひとつまみしながら答えるのは整った顔立ちの青年。
白銀色の髪と色白の肌、金色の瞳。ゆるりと笑う様はどこか蠱惑的だ。


「もう、シェス!ひよこじゃないって言ってるだろう!」
「わかった、わかった。どうしたんだよ、ノウ」


シェスと呼ばれた蠱惑的な美貌の青年がニンマリと笑うと、ノウと呼ばれた素朴な青年が困ったように眉を下げる。


「この街、強盗の被害が何度かあったらしいんだけれど、数日前にその集団がみんな捕まったらしいんだ」
「へー」
「全然興味がない反応」
「今回受ける依頼と関係なさそうだったからつい」
「まったくもう…。リジィは何か知らないか?」


リジィと呼ばれた青年が、口をつけていたコーヒーカップをテーブルに置いて視線をあげる。
蒼みがかった黒髪と彩度の高い天色の瞳を携えた風貌は、性差が曖昧で浮世離れしており、どこか得体が知れない。


「さてな。だがサナギが怪我を負うような街など、依頼を終えたらさっさと引き上げるべきではないか?」
「ああ、うん…。サナギが怪我をして、ウィズが泣いて帰ってきたときは本当にびっくりした…」
「確かになー。チビどももそうだし、ノウみたいなのほほんとしたやつも目を離したら財布すられたり、壺を買わされそうで気が気じゃないぜ」
「そ、そんなに壺を買ったりしてないっ!」
「最近はだろ?」
「シェス!!」
「ヒヒヒッ!」


シェスとノウのやりとりを聞き流しながらリジィは食堂の窓から通りを眺めた。
大怪我をして宿へ帰ってきてから数日、持ち前の驚異的な回復力で傷がすっかり癒えた緑髪の子供――サナギが地面に絵を描いているのが見えた。
つんと冷淡な表情を浮かべていた顔が柔らかくほころび、膜がはったように薄らぼんやりとしていた天色の瞳がしっかりとサナギに焦点を合わせると、全身から滲み出ていた得体の知れない雰囲気が緩和されたように感じられる。


つられてシェスが窓の外へ視線を流せば、サナギの周りを桃髪の子供――ウィズが楽しそうに跳ねている。
蠱惑的な美貌にこびりついていた笑みが一瞬鳴りを潜めて別のなにかに変わったが、それに気がついたのはシェスの皿にクッキーを追加していたノウだけだろうか。
ちょうど帰ってきたのか、仲間――メロディアが酒瓶をぶらさげながら二人に近づいていくのが見える。


「けど、市場で聞いた話だと捕まった集団の人たちひどい状態だったみたいで…。一人を残してみんな支離滅裂なことしかしゃべらないとか。残った一人もなにがあったか全然覚えてないって言うし…。ちょっと物騒だなあ…。二人も気をつけないとだめだぞ」
「おー、大丈夫だって」
「うむ、まあ問題ない」
「もう…」

 


ふとシェスとリジィが別の方向へ視線を向けた。
その方向はノウが話していた集団が捕まった場所だったがノウが知るわけもない。

 


「…しかしほんと」


シェスが白銀の髪をかきあげて蠱惑的に笑う。


「まったく」


リジィが微かに首をかしげると蒼みを帯びた黒髪がサラリと揺れた。

 

 

 

 

 


「「物騒な世の中だな?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


「わ…、君たちがハモるなんて珍しいな…」とノウが不思議そうに瞳をまたたかせたが、二人は軽く肩をすくめるばかりだった。

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