客室前より使用人が現状をお伝えします(リジィ、リラ)

現在の異母兄弟の話ですが、リジィ(異母兄)もリラ(異母弟)もあまり喋りません。モブから見た二人の話。兄弟はギスギスしていますが、使用人は比較的ゆるい話。いつもよりノリが軽いかもしれません。

 

「あるときは執事見習い!あるときは旦那様の護衛!!歌えないが戦える、ちょっとすごい執事見習いレイモンド!」
「あるときは見習いメイド!あるときはネズミ退治担当!!どんな汚い汚れも跡形なく!!見習いメイド、リーゼロッテ!!」


アンロリッシュ家の豪勢な屋敷の中にある渡り廊下に溌剌とした声が響く。
そこにいたのは何故か劇場や路上のパフォーマンスで演者が決めるようなポーズをとった二人の男女、レイモンドとリーゼロッテだ。
レイモンドはパリッとした燕尾服を、リーゼロッテはきっちりとしたクラシック調のメイド服を身にまとっていた。
お揃いのショートカットヘアーのくすんだ赤毛は前髪が長く二人の目元はよく見えない。


「アンロリッシュ家名物双子の使用人とは俺たちのことです!よろしく!!」
「自称ですけどね!!」


ビシィッ!っと効果音が聞こえてきそうな機敏な動きで構えを決める。
執事長とメイド長にみつかれば、あとで反省室送りまったなしだが、あいにくこの場にいるのはレイモンドとリーゼロッテだけだ。


「……………」
「……………」


重ねていうが、この渡り廊下にいるのはレイモンドとリーゼロッテだけだ。


「ところで、俺たち誰に対して今のくだりをやったんだ?」
「旦那さまのお兄様と仲良くなれたときの自己紹介の練習じゃなかったです?」
「あー、だったわ~。俺たち"旦那様がお兄様と仲良くなるのを応援し隊"メンバーかつ、"あわよくばお兄様とも仲良くなり隊"メンバーだったわ~」


二人が指す旦那様は、この領地一帯を若くして治めるリラメイア・ファルファラ・アンロリッシュを、お兄様は、屋敷を出て冒険者家業をしているリラメイアの異母兄、リジェミシュカ・フローゼ・アンロリッシュのことである。


リラメイアとリジェミシュカの険悪な仲はレイモンドたち使用人の間でも有名な話だ。
ちなみに、自分たちの主人であるリラメイアが、リジェミシュカとの険悪な関係を改善したいと思っているのも、異母兄であるリジェミシュカのことになると普段は有能なリラメイアが残念なことになるのも、皆の周知の事実である。


リジェミシュカのことで残念な状態になってるリラメイアに呆れたり心配したりする使用人たちだったが、仏頂面が標準装備の主人は、あれで使用人に対して無体なことはしないし、事情をくんで便宜を図ってくれるので、みんな好意的な感情を抱いているのもまた事実。
リジェミシュカに対して、うまく立ち回れないリラメイアにやきもきしたり、リラメイアがあれだけ意識を向けているリジェミシュカに対して興味をいだいた使用人たちが、いつのまにか勝手につくったのが先述した謎の同好会だ。


現在アンロリッシュ家に仕えている使用人は些か変わり者が多い。
職場が変わり者だらけということは、それが普通のような空気になるということで。
そんな謎の同好会みたいなものができあがっていても、異議を唱えるものはいないのであった。


高貴な血筋と整った顔立ち、領主としても有能なリラメイアは、時折メイドや領民の女性から色を帯びた視線を向けられることもある。
だが、領民の女性はともかく、メイド達はリラメイアの残念な部分を見るうちに、異性としてではなく、まるで弟や息子を見るような眼差しにかわるのがほとんどだった。
男性の使用人たちも似たような感じである。
リラメイア本人は納得していない。


「旦那様がお兄様と仲直りしたら、"旦那様、お兄様と仲直りできてよかったですねパーティ"をひらいて、ごちそうをいっぱいつくるって料理長のバートが言ってた」
「メイド仲間は、"おめでとうございます旦那様~!!祝★お兄様と仲直り!!!"って刺繍を入れた垂れ幕をつくるっていってました」
「ええ、やばい、一大イベントじゃん…。クラッカー用意しとくか??あと、バートのご飯は普通に楽しみすぎる」
「パーティが開かれたら、きっと私達もバートの作るごちそうにありつけますね」
「うわー、まじかー!旦那様、がんばってくれ~!!」


ダラダラとした会話を交わしながら二人は渡り廊下を歩いていく。


「私達、旦那様だいすきですし、できればお兄様とも仲良くなりたいです」
「なりたい、なりたい。あとあの中身がやばそうなあの子供ともなかよくあそびたい俺でした」


リジェミシュカがときおり連れてくる子供をレイモンドは思い浮かべる。
苔のような色をした髪と紅く淀んだ瞳を持ったまだ幼い子供だ。
職業柄相手に気取られずに様子を観察するのが得意なレイモンドだったが、その子供に視線を向けると何故か瞬時に視線を返されて驚いた。
リジェミシュカが子供に呼びかけると、視線はすぐさまレイモンドからはずされたが、どうやら護衛も兼ねているときいたときは驚きながらも納得したものだ。
子供とは思えない身のこなしだったし、周りの気配に敏感だったので、見た目に反して高い能力を持っているのだろう。
屋敷の力仕事を担う仲間でも苦労する重たい調度品を軽々と持ち上げていたのもまた印象的だった。


「すごい腕力でしたね、あのこ。お兄ちゃん、バラバラにされるんじゃないです?」
「ええー、手加減してくれないかな…?だめか…?」
「知りませんよ。あっそうだ、この前こっそり密偵を放って、お兄様とお子さんの様子を調べたんですけど」
「なにやってんの??」
「旦那さまのお兄様とお兄様のお子さんの趣味嗜好を把握しておこうと思って」
「今俺らが知ってる情報って、お兄様はイチゴとか果物系が好きな偏食家で少食、お子さんは蜂蜜と甘いお菓子がお好きで、やたら戦闘力が高いってとこだっけ。まあいいや。それで?」
「森で襲いかかってきたヒグマを四つ切りにしてました」
「…お兄様が?」
「お子さんが」
「……いつも持ってる斧で?」
「二分割したのは斧でしたけど、そのあとは素手でしたよ」
「す、素手~~っ!やばいよ、やばいよ~~~!!」
「遊ぶときは手加減をお願いされたほうがいいですね」
「それって、手加減してもらっても腕一本行かない?」
「利き手を避けてもらうしかありません」


長い廊下をレイモンドとリーゼロッテが歩いていく。
二人が通り過ぎたあとの窓や赤い絨毯が続く廊下は二人が通る前よりもピカピカになっていた。
「口を動かす暇があったら手を動かしなさい。仕事をきちんとこなすなら多少の雑談は許可しますけれど、周りの迷惑になるような大声を出すのはやめるように」とは二人の主人であるリラメイアの口癖だ。
レイモンドとリーゼロッテは主人の言い分を守って担当区域の掃除はきっちりこなしてきたし、担当ではないこのあたりも気になったところは、雑談をしながらさくさくと片付けていたのだ。


「お兄様ってさ」
「うん」
「怒ると毛先が蒼くなるじゃん」


レイモンドがふと思い出した様に呟いたのはリジェミシュカの体質の話だった。
リジェミシュカは生まれつき異常に魔力が高く、感情の起伏によって髪や瞳が青白く発光する。
最初はこの辺りでは珍しい黒髪と相まって物珍しさにまじまじとみつめてしまったものだ。
まあ、リジェミシュカは自分たちの主人と会話しているときよく不機嫌になって毛先を青くしていて、何度か見かけるうちにレイモンド達も慣れてしまったのだが。


「なりますね~。あとびっくりするときも蒼くなってますよ。そして許容値を超えるとパーンッ!です」
「ああ、なんだっけ…。毛虫事件だっけ?あのときはやばかったな…」


毛虫事件とは、どこからか入り込んできた毛虫が、ぽとりとリジェミシュカの肩に落ちてきたときのことだ。
虫嫌いでもあったリジェミシュカは至近距離に現れたゲジゲジとしたその存在に、ひゅっと息を呑んで思わず全身から魔力をほとばしらせたのだ。


「旦那様が魔道具で底上げした魔力で相殺しなかったら、庭の一部がえぐり取られてましたね、あれ…」
「お子さんもやばいけど、旦那さまのお兄様の魔力もやばいよな」
「でも、お兄様からたまにでてる魔力、なんだか落ち着くんですよね」
「わかる~。良い感じのほの暗さと言うか、ひんやり感というか、ピリピリ感というか。俺らはあれぐらいがちょうどいいみたいな所あるよな~。旦那様の魔力は性格に反してきっらきらしてるからな…俺らにはちょいと眩しいわ…」
「もともとは旦那様って素直な方だったらしいですよ。旦那様のあの性格、お兄様にかまってもらえなくてひねくれちゃったとか。でも、旦那様って結構単純でわかりやすいんですけどね」
「そして今に至るドロドロな険悪ムードってか。お兄様、旦那さまのことだいっきらいだもんな…」
「そうですね…。というか、旦那さまの家系、いろいろと濃すぎますよ」
「なんか本にできそう」
「エリザベスが喜びそうなネタがあちこちにありますからね」
「エリザベス…。ああ、あの、ちょっと妄想癖がやばい司書か」
「想像力がたくましいだけですよ。それにいいこですし。エリザベスが描く絵かわいいです」
「たしかに絵はうまい」


レイモンドとリーゼロッテの会話は途切れることなく続いている。
主人と主人の兄が同じ空間にいるだけでなにかしら事件が起こるため、話のネタには事欠かないのだ。
そのうち、質の良い材木と金属で作られた両開きの扉が見えてきた。
アンロリッシュ家に来客があった際に使われる客室の一つだ。
ふっと二人は足音を消して、扉の前で立ち止まる。


「……というわけで俺達は今客室の入口の扉に張り付いているわけですが」
「客室前より、使用人が中の状況をお伝えします、ってやつですね」
「まあ、この廊下にいるの俺たちだけだけど」


ほんのちょっとだけ客室の扉をあけて中をこそこそと覗いた。
室内にはレイモンドたちの主人であるリラメイア、リラメイアの異母兄であるリジェミシュカ、上司にあたる執事長とメイド長がいる。
今日は、リジェミシュカが定期報告に屋敷へ訪れる日だった。
テーブルを挟んで対峙するように高級な椅子に腰掛けているリラメイアとリジェミシュカの表情はどちらも固く、とても穏やかな空気とはいえない。
テーブルの上にはリラメイアが用意させた高級な洋菓子が置かれていたが、今の所リジェミシュカが手を付けた形跡はない。


「中には、身の回りのご報告に嫌々ながら毛先を青く光らせてやってきたお兄様と、本当はお兄様がこられて嬉しいくせに不機嫌なお兄様にどうしていいかわからず対抗するように眉間にシワを寄せている旦那様がいらっしゃいます。いけない!ツボにひびを発見!原因はお兄様がイライラして魔力が漏れたせいかと思われます!!」
「お兄様、すでに不機嫌じゃん!大丈夫か~?」
「これからの旦那様の行動次第ですね…。おっとお兄ちゃん、あまり騒ぐと中のお二人にきこえてしまうのでは?あと、執事長とメイド長に気づかれたら説教案件です」


ひそひそとささやきあうレイモンドとリーゼロッテ。
課せられた業務はすでに終えているが、こんな形で主人と主人の兄を様子見してるのがバレたら確実に執事長とメイド長に怒られるだろう。


(……それはまずい。妹よ、ここからは念話でいくぞ)
(この兄、直接私の脳内に…!?)
(いつもやってるだろ)
(そうでしたね)


念話程度、レイモンドとリーゼロッテ兄妹には日常会話並みに容易いものだ。
「「みんなできますよね?」」とリラメイアに言ったことがあるが、「できませんよ」と呆れるような顔をされたのが今でも不思議である。

 

客室は広く、部屋の中を除くレイモンドたちと室内で対峙しているリラメイアとリジェミシュカとの間には距離がある。
時折リラメイアの声がボソボソと聞こえてくるものの、内容はほとんどわからない。
ついでにいえば、リジェミシュカは能面のように一切感情を削ぎ落とした顔でリラメイアの方へ視線を投げているばかりで、殆ど口を開かなかった。


(お兄様、相変わらず無口だな……)
(旦那様とまともに会話してくれないんですよね…。私達には多少微笑んでくれますけど、あれも仕方なくって感じですもん)
(あー、あれは上辺だけだろ。なんか薄っぺらいっていうか、目が笑ってないし。だってお子さん連れてきたときの顔思い出してみろよ)
(あれでしょう~。あの果物と砂糖を鍋でトロットロに煮詰めて煮詰めて、上からシロップを掛けたあと瓶に詰めたあま~~いジャムみたいな顔~~っ!!)
(正直、始めてみたとき恐怖を感じた)
(誰かって思いましたね)


レイモンドとリーゼロッテを始め使用人たちの間ではリジェミシュカは無口で無表情な冷気を感じさせる男だった。
特に自分たちの主人に対する態度は異常なほどに冷たく、はじめはなんだかんだ好意的に思っている主人に対して、兄とはいえなんて態度だと反感を持ったものも少なくない。レイモンドとリーゼロッテだってそうだった。


(でもさ…)
(うん…)


ぽつんと響いてきたレイモンドの声にリーゼロッテも静かにうなずく。


(なんかさ、いろいろわかったじゃん。旦那さまとお兄様の件。俺もそういう事になったらやっぱりショック受けると思うわ)
(…私も)


なぜあそこまで弟であるリラメイアを毛嫌いするのか、どうしてもわからなかった二人だったが、あるときアンロリッシュ家で起こった出来事を知って、リジェミシュカに対して抱いていた反感をすっかりなくしてしまったのだ。


(まあ、俺らがあれこれいっていいことじゃないよな。この話はやめやめ)
(はいは~い…。じゃあ気を取り直し、て…?)


気を取り直して室内へと目を向けると、驚きの光景が広がっていた。




ーーリラメイアがリジェミシュカに、ジャムの瓶の蓋をあけてあげている。




ここからだと会話は途切れ途切れにしか聞こえてこないが、リラメイアが「どうぞ」と言って差し出したジャムを、相変わらず不機嫌そうな顔をしているものの「…む」と言いながらリジェミシュカが受け取ったのはわかった。


(旦那様、珍しく気遣いを発揮できたんですかーーーーひょーーー!?)
(すごいぞ!!旦那様がお兄様の石ころを見るような目にも負けず、ジャムを渡したー!!)
(お兄様も返事をして受け取りましたよ!!あの!!塩対応ツンドラ系お兄様が!!旦那様に返事をして!!ひゅーーっ!!お兄様の好物であるイチゴをあしらった、高品質のジャムを用意したかいがありましたね!!)


ジャムをスプーンでひとすくいしながらちらりとテーブルに置かれた小瓶を見たリジェミシュカに、すかさずリラメイアが何かを呟く。
一言、二言しか交わされない会話が続いたが、しばらくしてリジェミシュカが無言のまま、再び一度小さくうなずいたのが扉の隙間から見えた。
向かい側に座っているリラメイアの眉間のシワがすこし和らぎ、やや頬が紅潮しているのに気づいてレイモンドたちは心の中でガッツポーズをする。


(よかったですね、旦那様…。今日は比較的会話が成り立ってるじゃないですか…ほろり…!!)
(近くに添えた蜂蜜にも興味を示したぞ!お兄様がたまにつれてくるお子さんが蜂蜜を好きだっていう情報は取得済みだったからな!!)
(やりますねお兄ちゃん!!)
(お前もな妹よ!!)


お互い心の中でハイタッチ!しながら、様子を見守る。
もしかすると、旦那さまとお兄様、今日は和やかに話ができるのではとほのかな期待を抱いていたレイモンドたちだったが。


"――――――――が――――なら、―――――――ば――"


リラメイアが何かを口にした瞬間、室内の空気がピシリと張り詰めた。
同時にリジェミシュカの黒い髪がふわっと一瞬浮き上がり、毛先の青白さが増す。
自分たちの主人が余計なことをいったのは明白だった。


(おいおいおいおい、さっきまでちょっといつもよりマシな雰囲気だったのに!旦那様はいったいなにをいったんだ!!くそっ!俺の耳がもっとよければ!)
(大丈夫です、お兄ちゃん!私の読唇術でなんとかなります)
(お前、なんでそういうことできんの?)
(淑女の嗜みってやつです)
(淑女やっばいわー…。ってか、最初からそうしてくれよ)
(すっかり忘れてて…)


"……自らの権力を振りかざすのは実に楽しいのだろうな。この一帯で、そちらは有能な人格者である領主様。かたや私は危険物のようなもの。貴様がこのあたりの町に一言声をかければ、私の行動などどうにもできると思っているのだろう"
”…ぼ、くは。兄さんが謂れのない中傷や暴力をうけるかもしれないと言っているだけで"
"……だから自分の管理下にいろと?食事も外出も貴様の許可を求めろと?"
”……っ、僕は兄さんがその容姿で問題事に巻き込まれるのを防ぐためにも、僕と行動したほうがいいといっただけです…”


リーゼロッテの読唇術によりレイモンドはリラメイアとリジェミシュカの会話を把握することができた。
できたが、正直頭を抱えた。
幼少時、ほとんど軟禁状態だったリジェミシュカにとって、リラメイアの一方的な物言いは腹立たしさを感じさせるものでしかなかったからだ。


(っあーーーーーー!!旦那様それはあきらかな言葉のチョイスミーーーーーッス!!)
(これにはお兄様も思わずイラってする!!ばか!!旦那様のおばか!!あれだけ予行練習したのに!!)
(まったくだよ!せっかく、”お兄様がちょっとだけ旦那様を見直すかもしれない会話術"、略して”あになお”を俺たち使用人みんなで原稿書いて出版社に掛け合ってつくってもらったのに!!可愛い挿絵付きなのに!!あの挿絵の旦那さまとお兄様とお子さん、いい感じに可愛い感じみんなで仕上げたのに!!)
(あの挿絵、旦那様気に入ったみたいで一枚絵でほしいって言ってましたね。いえ、まってお兄ちゃん、旦那様一応"あになお"手に持ってます!)
(それであんないいかたに!?なんで!?旦那様はお兄様を前にすると、嫌味しかいえなくなる呪いにでもかかってんの??メガネの呪いなの??)
(世の中にはメガネをかけている人がたくさんいるんですよ!!そんなわけないでしょう!!)


ピリピリと室内の緊張感が高まっていくのが扉越しでもわかる。
ツボのひびがまた増えているのは、多分室内で感情を高ぶらせたリラメイアとリジェミシュカの魔力が高まったせいだろう。
毛先を青白くしたリジェミシュカが、ガタッと乱暴に椅子から立ち上がった。
そのままこちらへと向かおうとした矢先、リラメイアも椅子から立ち上がり、些か乱暴にリジェミシュカに手を伸ばす。


"まだ話を終わってませんよ兄さんっ!!"
"こちらは貴様と話すことなど一切ない!!"
"兄さん…っ!!!"


グッとリジェミシュカの手首を掴んで、リラメイアが兄を強引にその場に留まらせた。
よほど強く引き寄せたのか、リジェミシュカの身体がよろけたのが見える。


(っあーーーーーーーー!!旦那様、加減を考えずに突然お兄様の手首を強く掴んだー!!お兄様、もう少しでバランス崩して椅子にぶつかるところだったぞ!!)
(お兄様突然他人に触れられるの嫌いなの知ってるはずなんですけどね旦那様…。アア!今、お兄様小さい声で、"痛…っ…!"って言いましたよ…!?)
(旦那様文系メガネにみせかけて、そこそこ力あるからなあ…。そこらへんのチンピラなら、俺の出る幕無いもん)
(旦那様、今すぐに謝ればまだなんとか…旦那様、ごめんなさいするんですよ…!そんな、”しまった…”って顔してないで!!)


はらはらと扉の隙間からリラメイアとリジェミシュカを見守る二人。
リラメイアは強めにリジェミシュカの手首を掴んだまま眉間にシワを寄せている。


レイモンドたちにはわかる。
傍目では分かりづらいが眉間にしわをよせているリラメイアの視線が、やや右下にそれているのは動揺している証だ。
何度か口を開いては閉じてを繰り返していたリラメイアだったが、意を決したように口を開いた。
このまま、謝罪を口にすれば、これ以上自体は悪化しないだろうとレイモンド達は思ったが。


"…、…本当に、貧相と言うか。兄さん、魔力以外は本当にどうしようもないほど貧弱ですね。どうせ、外でもあの子供や素性の知れないあの者たちがいないと何もできないんじゃないですか?情けない"
"…………………っ!!!!"


残念ながら自分たちの主人の口は、火に油を踊りながら注ぐ性質があったらしい。
手首を捕まれ、顔をしかめていたリジェミシュカの頬が、怒りでカッと紅く染まったのが見えた。


(っばかーーーーーーーーーー!!)
(旦那様のあほーーーーーーーーーーーーーー!!!!)


リジェミシュカが些か細身の体躯を気にしていると言っていたのはリラメイア本人だったはずだ。
なのに、なぜここでそれを言った。
リジェミシュカの地雷をことごとく踏み抜いていく主人に思わず二人は天を仰ぐ。


(…くっ。まさかここで旦那様の悪癖が出てしまうなんて…)
(悪癖)
(大好きなお兄様が自分のことを嫌いだという感情を全面に出して接してくることに、旦那様の自己防衛本能が働いて、思っていることが歪曲されて嫌味と悪意に満ちた物言いになってしまうことです)
(ひっでぇ…)
(ちなみに翻訳すると、"兄さん、こんな細い手首で大丈夫なんですか。転倒したら怪我してしまうじゃないですか。他の人も心配するだろうし、やっぱり兄さんがあんな場所であんな危ない仕事をしてるなんて僕は心配です"ってことなんでしょうけどーー!!)
(えっ、今のセリフが??うそだろ…。旦那様語難しすぎる…)


"だいたい、半分は得体の知れない魔女の血がはいっているとはいえ、もう半分は兄さんも僕も同じ父であり前の領主である人の血が流れているんですよ。結局、兄さんがどうあがいても、周りがどういっても、家の家系に連なるものだということは逃れようのない事実でしょう。いい加減帰ってきたらどうなんです?"


(翻訳いります?お兄ちゃん…)
(そうだな…。頼む……)
("兄さんの母親がどんな方か覚えていませんが、僕は魔女とかそういうのきにしませんし、僕は兄さんの魔力を魔道具が必要とはいえ中和できますから。半分は同じ血ですからね。だから困ったことがあればいってくだされば対応しますし、うちの戻ってきたほうが安全だと思うんです"って感じですかね)
(うっそだぁ)
(本当ですよ!使用人間で月に一度実施される旦那様語検定で二級を獲得した私に死角はありません!!)
(なんだその検定!!俺はしらな…!?)


パンッ!


脳内で怒涛の会話を交わしていたレイモンドたちの耳に乾いた音が届いた。
レイモンドたちがはっと息を呑んで見つめた先には、掴まれていない方の手でリラメイアの頬を叩いてリラメイアを睨みつけているリジェミシュカと、頬を抑えて唇を噛み締めたリラメイアがいた。


"……っ…黙れ……"


冷気を孕んだ低い声がリジェミシュカの口から発せられる。
その身体は怒りと屈辱で震えているようだった。


(ひ、平手打ちーーーーっ!!)
(お兄様の平手打ちが!旦那様にクリーンヒット!!トレードマークの赤い眼鏡が飛んだァーーー!!)
(さり気なく執事長がとんだメガネを空中キャッチしたァーー!!そしてそっと近くの棚に置いたァー!!!)
(あの空気に徹しながらも損害を最小限に抑える動き、見習いたい!!)


硬直したリラメイアを振り払い、リジェミシュカが扉へツカツカと歩み寄ってきた。
慌てたのはレイモンドたちだ。


(や、やばいぞ妹よ!お兄様がこっちに来る!!)
(ずらかりましょうお兄ちゃん!!)
(おうとも!!)


さすがにこのまま蜂合わせるのはまずい。
慌てて廊下に飾られている彫像の裏に二人が隠れた直後、バタンッと大きな音を立てて扉が開け放たれた。
中からリジェミシュカが早足で廊下へと出てくる。
濡れ羽色の髪は毛先どころか半ばまで青白く光り、天色の瞳は夜光石のように煌々と輝きを放っていた。
かなり機嫌が悪い。やはり蜂合わせるのはまずい。
リジェミシュカはレイモンドたちに気づかなかったようだ。
そのままリジェミシュカが立ち去るのを見送りながら、レイモンド達はそろりと像の裏から這い出す。


「はーっ…。危なかった……」
「まったくです……」


手の甲で額の汗を拭う。
途中までは和やかになりそうだったのに、結局今日も主人と主人の兄は険悪なままだったのは残念な気持ちだ。


「お二人が睨み合ったとき魔力と魔力がぶつかってバチッてしてたな…」
「爆発しなくてよかったですよ。…それにしても、旦那様もお兄様も、さっき睨み合ったとき、ちょっと眉根が下がってましたね」
「お兄様はわかんないけど、旦那様のあの顔、使用人たちの怪談話がうっかりきこえてしまったときの顔だったよな」
「旦那様お化け嫌いですからね。うっかり涙目になりそうだったのを仏頂面でカバーしてましたけど、眉根下がってて泣きそうなのまるわかりというか」
「お兄様もそうなのかね。あの顔、そういう顔だったのかどうか」
「さあ、どうでしょう」


仏頂面ばかりの主人は、あれで根が素直なので意外とわかりやすいが、主人の兄は正直何を考えているのかわからない。
仲良くなれたらわかるのだろうか。
まあ、まずは主人が仲良くなってもらわなければと思うのだが。


「とりあえず旦那様は執事長とメイド長がフォローしてくれるだろ。俺たちはお兄様の見送りにいくぞ!」
「了解です!!」
「以上、客室前から使用人が旦那様とお兄様の状況をお伝えしました!」
「まあ、ここ誰もいませ…」
「あなたたち」


レイモンド達は気づかなかった。
ホッとして気が緩んでから、念話ではなく、声を出して会話をしていたことに。
つまりは部屋のなかにも声が聞こえてくるわけで。


ギギギッと息をピッタリあわせてレイモンドとリーゼロッテが振り返る。
いつのまにか背後にメイド長がたっていた。
すました顔とおつついた佇まいだが、歴戦の戦士ですら身体をすくませる覇気がメイド長から放たれる。
悲鳴を挙げなかった自分たちを褒めたいレイモンドとリーゼロッテである。


「めめっめめ、めめメイド長…!!」
「いやー、あの、ごきげんようメイド長!あっ、そのですねー、たまたまさっきここを通りがかっ」
「あとで部屋に来なさい」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい」」


レイモンドとリーゼロッテはここから逃げ出せば、説教時間が倍になることを知っていたので、力なくうなだれただけだった。

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