白霧の月07※完結

ノウが目を覚ます数刻前。
シェスは町外れにある木造の小屋へ向かっていた。
そこはシェスがたまにねぐらにしている場所のひとつだ。
活気ある港町といえど、シェスが蝙蝠姿で過ごしているような路地裏もあれば、人の手を離れてそのまま忘れ去られた廃屋もある。

「……、…………」

路地裏から気を失った子供を連れ去り廃屋へと向かう自分の姿を顧みる。
白絹のように透き通った白銀の髪にはところどころ赤錆色の汚れがこびりつき、白い手袋もじっとりと赤く濡れていた。
幽鬼のようにゆらりと歩く腕の中には、いたるところに青痣がある子供――ノウが静かに寝息を立てている。

「……、…」

これでは強盗や誘拐と変わらないなと、一人くつくつと笑いを零しそうになる。

程なくして見えてきた廃屋はところどころ板が剥げ、雑草が精魂たくましく生い茂っている。
良いところを上げるとすれば、屋根の損傷が軽微なことぐらいしかないような、そんな場所だ。

「…あー、しばらくきてないうちに、またボロくなってんなァ」

ここ最近は路地裏で過ごすことが多かったので、廃屋を利用するのは久々だ。
蝙蝠姿で眠ることが多いシェスは屋根がある廃屋を雨風を凌ぐ場所程度にしか利用しておらず、ベッドや椅子などの生活家具はすっかり傷んで埃かぶっている。
子供を寝かせるにはあまりいい環境ではない。

――、けほっ、けほっ…。
――アトス、お前咳ばっかじゃん。
――あ、あはは、埃が口の中に入ったみたい…。
――また喉やられんぞ。口に布でもあててろよ。

声も顔も思い出せないほど遠すぎて擦り切れてしまった過去の残像が、脳裏をかすめて気分が悪くなる。

「…まあ、休めなくなねーだろ」

シェスはベッドのホコリを軽くはらって、腕の中からベッドの上へとノウを移した。
今の所ノウが目を覚ます気配はない。
移動中見えるところにある傷を軽く確認したが、命に別状はなさそうだった。
無言でさくさくと手当をしていく。
骨にヒビが入っている様子ではなかったが、壁に叩きつけられていた背中はどうなっているだろうか。
他意なくそう思って、サイズの合っていない上着を捲り、手を止めた。

「――、―――」

成長過程の体躯に刻まれた、大小様々な青痣が目に入ったから。
日常的にどういう扱いを受けていたのかをまざまざと見せつけられて、シェスの蜂蜜色の瞳にざわりと何かが浮かび上がる。

「…ひひっ、もっと痛めつけてやりゃあよかったぜ。特にあの眼帯のやつは、あっさりやっちまったからなー?」

引き攣るように笑い声を漏らす声は場違いなほど明るいが、瞳ににじむのは歪な殺意だ。
"子供に理不尽な暴力を振るう虚栄心の強い大人"は、信仰深いベルナッタやカスペルを救ってくれなかった神などという偶像と同じくらいシェスが嫌悪するものだった。

孤児院でガキ大将兼兄貴分として君臨していたシェスは、自分が悪さをしたらしっかりシスターや神父に怒られたし、年下の弟分が悪さをすれば自分がガツンと怒ることもあったが、そのあとなにが悪かったのかを相手が納得するまでおしえていたし、ちゃんとがんばっていれば自分なりに褒めてやったものだ。
理不尽な暴力を奮ったことはないと思っている。

「――、―――」

だが、今の自分は、どうだったろうか。
人でなくなってから長い年月が経って、飢餓感に襲われたときに血をすすった相手に子供はいなかっただろうか。
逃げ惑う小さい背中を切り刻んだことはなかっただろうか。

そもそも、あんなに慕っていたベルナッタとカスペルを理不尽に蹂躙したのは誰だったか。

嗤いながら理不尽な理由で男も女も獣も妖魔も平気で切り裂く救いようのない狂鬼と化したお前が何を言うのかと、頭の隅で責め立ててくる声がうるさい。
自らの頭をこじ開けて、中からそのうるさい誰かを引きずり出して八つ裂きにできればよいにと、シェスは低い唸り声をあげて、傷んだ家具を手当たり次第に破壊しそうになったが。

「……ぅ…、うう……」

ベッドの上から聞こえてくる小さなうめき声に、はっと意識が引き戻される。
気を取り直して、なんとなしに拝借してためこんでいた傷薬や包帯を取り出して、シェスはノウの手当を再開した。
時折身体をずらさなければならないところもあったが、ノウが目を覚ます気配はない。
そのまま静かに息が止まるのではと、人であった頃よりも発達した聴覚がノウの呼吸や鼓動に耳を澄ませるが、今の所問題なさそうで無意識に息を吐く。

一通り手当が終わったシェスは、ベッドの縁に腰掛けてじっとノウを見下ろした。

相変わらずシェスの胸中は正気と狂気が断続的に入れ替わり混ざりあい、名付けることができない感情となって燻っていたが、先程の隻眼の男と髭面の男を嬲ったときと違ってそれが表面に浮かび上がってくる気配はなかった。
獰猛な殺意と破壊欲求に突き動かされるまま蹂躙しつくし、混乱してその場からノウを連れ去ってしまったシェスの気分は今静かに凪いでいる。
だからか、このほんの刹那な時間、シェスは冷静に今の状況を顧みた。

「………、………っつーか。こいつ、どうすりゃいいんだ?」

先がない自分が、こんな子供を連れ去ってどうしようというのか。

路地裏に捨て去った肉塊だってそのままだ。
たとえ自分がつくりあげた肉塊が原型をとどめていなかったとしても、あの男達の消息が途絶えたことがわかれば自ずとあの肉塊の正体は知れることになるだろう。
そうなれば、あの男たちのもとにいたはずのノウはどうなったのかと気にする人間も出てくるはずだ。
ノウのような子供が屈強な男たちをあんな肉塊にできるとは誰も思わないだろうが、ならばよりノウがどうなったか気にするはず。

これまで蝙蝠姿でノウと交わした会話からするに、家族はまだ存命らしい。
ならば家族のもとに帰してやるのが一番だろう。


――ノウには、まだ、家族が、いるのだから。


「冒険者ギルドとかいうとこに、こいつを置いてくればそのうち馬車かなんかで帰れる、か…?」

こんな朽ちたホコリまみれの廃屋よりずっといい環境で休むこともできるかもしれない。
ならばノウの意識が戻らないうちに、ギルドの前にでも置いていってしまうかと腰を浮かせたシェスは、暫し動きを止めて再び座り直した。

「…待てよ?あのクソ野郎共みたいなのがギルドにまだいるかもしれねーな?」

理由が何であれ、ああいうのを野放しにしているギルドなんて信用ならない。
今回の二の舞いになったら、今度こそ眼前で寝息を立てているノウは死んでしまうかもしれない。


――路地裏で冷たくなっていったあの妹分のように。


また顔も声も朧気な誰かが目の前でゆっくりと冷たくなっていく風景がシェスの記憶の底から浮かび上がり酷く精神をかき乱す。
だめだ。それはだめだとどこから悲鳴が聞こえてくる。
憤怒と恐怖がもつれ合って叫び出したい衝動を、荒い息を吐きながら抑えつけた。

(どうする?なあ、どうすんだ、これ。どうすればいい?こいつが起きる前に決めろよ。決める。決めろ。起きたら面倒だろ。面倒だ。面倒になる。なあ、どうする?どうすんだ、これ。どうすればいい?)

ノウを見下ろすシェスの顔は、混迷を極めて歪んでいる。

(……教会)

ふと、浮かんだのは、人であった頃慣れ親しんだ今となっては忌々しい清廉な場所のことだった。
あの港町ホルドナの教会は、集めた情報によるとまともな人間が多いらしい。
こんな傷だらけの子供が扉の前に寝かされていれば、保護してくれるかもしれない。
近づくだけで気分が悪くなる場所となってしまった教会だが、扉の前まで行くぐらいはできるだろう。

(それがいい。そうしろ、そうする、それでいい。この時間ならほとんどのやつ寝てるだろ。面倒なことになってもいざとなりゃあ俺がどうにかすればいい。ちょいと見つめてやればいい。それがうまく行かなかったら刻んじまえばいい。慣れた。もう慣れただろ。俺はそういうもんになった、なった、なった。決まった。とっとと、こいつを持ってけばいい)

ノウが保護されたのを確認したら、自分は夜闇に紛れて違う街に行ってしまおう。
ようやく結論を出したシェスは今のうちにノウを運んでしまおうと手を伸ばしたが。

「……、ぅ…」
「………!」

身じろいだノウが弱々しく吐いた息に、びくっとシェスの手が止まる。

「……、…さ…」
「………?」

意識が戻ったわけではなさそうだがなにかをつぶやいているノウに、怪訝に思ったシェスが耳を澄ませて聞いたのは。

「こ、うもりさん、いかない、で…」
「――、――――――」

恐ろしくて、耐え難くて、惑っている自分の決心を粉々に砕くような、酷く残酷な言葉だった。

蜂蜜色の瞳がカッと見開いてそのまま何度か朧気に揺れる。
緩慢な動作で立ち上がりそのまま窓辺に向かったシェスは、無言で白い翼を広げ静かに飛び去った。








程なくして、シェスはホルドナから少し離れた森の入口にたっていた。
傍らには赤黒く変色した大きなズタ袋が二つ。

「…、………」

袋の一つを無造作にひっくり返して中身をぶちまける。
ごとん、ごとんと転がりでてきたのは、数刻前にシェスがつくりあげた、かつて隻眼の男だった肉塊と髭面の男だった肉塊だ。
廃棄物をみるかのように冷めた眼差しでそれを見下ろしながら、近くにぽいっと長方形の板版を投げる。
それには隻眼の男たちの名前、所属、職業、何かの番号が記載されたギルドカードだった。
続けてもう一つの袋をひっくり返す。
ごとりと転がりでたのは、一体の魔獣の死骸だった。
情報を集めていたときにみかけた、冒険者ギルドの掲示板に貼られていた依頼書というものに載っていた魔獣だ。
森の奥に生息しているそれは獰猛で人を骨まで砕いて食べ尽くすので早めに討伐してほしいと書かれていた。
元はこの森にいない個体だったらしい。どこからか逃げてきたか、突然生まれた変異種か。
なんにせよシェスにとってはどうでもいいことだ。
それに襲いかかられたので返り討ちにしてやったが僥倖だったと思う。
まるで仕組まれたようないいタイミングに笑うしかない。

その口に男たちの肉塊を押し込んで、口周りを赤く赤く染める。
持ち歩いていた銃や自らの爪でなくノウに使う薬草を採集しようとしていたところだったため反射的に既成品の短剣をつかった。
それをかつて男たちだった肉塊のそばに置く。

「魔獣の討伐失敗で、気の毒なことに死亡…なんてな…ひひっ…」

やっている自身ですら呆れるような粗だらけの工作をしながらシェスは嗤う。
男たちが町でも慕われる人格者だったら、それこそあっという間にシェスの隠蔽工作は虚偽であると暴かれてしまうかもしれない。
まあ、男たちの評判はすこぶる悪かったのでしばらくは大丈夫じゃないかと思うのだが。
それに時間が経てば経つほどこういうのは真実にたどり着くのが難しくなる。
森の獣が証拠も違和感も何もかも、骨も残さず食べてしまうだろうから。

「俺がここまで食べやすくほぐしてやったんだから、弱っちい魔物や獣でも問題なく食えるだろ。ふふ、くく、そういや、骨が多いとかいって魚がうまくたべれないやつの身をほぐしてやったっけなァ。誰にやってやったんだっけ……? まー、いいか!」

薄い唇から漏れる声は場違いなほど軽い。
月明かりの下でにこにこ、にたにたと肉塊と死骸をいじっているその姿は、まさに悪鬼そのものだった。

シェスのずさんな工作はまだ終わらない。
ズタ袋の底に残っていた色あせた布切れを取り出す。
枯れ草色のそれは広げると一枚の小さな上着となった。
ちょうど10代前半の子供が着るサイズだ。
それをビリビリと引き裂いて肉塊と死骸の近くに配置する。
子供の身体と骨は柔らかいし、ノウは雑用ばかり押し付けられていてまともな指導を受けていなかった。
つまりただのか弱い子供と変わらない。

だから。

(クソ野郎共の荷物持ちで連れてこられて、真っ先に狙われてそのまま、っていうのもありえるだろ)

と思ったのだ。



「…ふ、ふふ。くくく、ははっ、ははは」

自分のしていることが愉快で馬鹿らしくて罪深くて残酷で笑いが止まらない。
あとでどうこうできる可能性もあるが、今、この瞬間。


シェスはノウが死んだことにした。


シェスとは違ってまだノウは人間のままだが、シェスは今、あの子供を、ノウを世界から切り離してしまった。
世界から切り離されることがどんなに残酷なことかわかっているのにだ。
我ながら愚かだと思う。
あんな寝言ひとつ聞いただけで、取り返しがつかないことをしている自分は本当に救いようがない。

これなら下手に詮索されまい、男たちが死んだことがわかってもノウに余計な疑惑がかかるまい、というのは建前だ。


――こうもりさんがさわらせてくれるようになって、うれしいなあ。


そういって無遠慮になでてくる小さな手が、男たちの理不尽に落ち込んでいた素朴な顔が嬉しそうに綻ぶのが。
自身が考えていた以上に懐かしくて物悲しくて、惜しくなってしまったのだと気づいて。
ケタケタと笑いながらシェスは唸り声を上げて頭や胸を掻きむしりたくなった。








廃屋に戻ったあと、シェスはノウの身の回りの世話をすることにした。
人の姿で水差しを使いたまに水を飲ませて、蝙蝠姿で枕元でじっと様子を見て、また人の姿に戻って窓辺でぼんやりと過ごし10数時間。
結局ノウが目を覚ましたのは、次の日の夜遅くだった。

「え?え??おれ、ろじうらに、…あっ、いたい…っ!」

起き上がっておろおろとしている顔を見ていたシェスは、安堵とともに密かに狼狽していた。
蝙蝠姿のときに何度も交流した相手とはいえ、人の姿で相対するのは初めてだ。
ノウの意識がない間に路地裏から連れ去ってしまったし、目覚めたのは見覚えのない廃屋。
加えて近くには見知らぬ男だ。
あとから蝙蝠姿でいればよかったのではと思い至ったがもう遅い。

こちらに気づいたノウがびくりと肩をすくませたのを、シェスは虚ろに見つめていた。
怯えるだろうか、警戒するだろうか、泣き出すのだろうか。
そう身構えていたシェスに、ノウが紡いだ言葉は開口一番蝙蝠姿の自分のことで。
そのうえ、眼帯の男たちに無造作に籠に入れられたときに必死で紡いでいたときと同じようなことを呟かれて。
挙句の果てには"だいふく"呼ばわりするノウに、つい耐えきれなくなったシェスは低い声を漏らして睨みながら自分の名前を告げたのだった。

「…俺の名前は、シェスだ。ひよっこ」

そうして今に至る。

「しぇす、さん」
「おう。大福でもメレンゲでもねぇ。わかったか?」

こくこくと頷くノウに、シェスも不機嫌そうに嗤いながら一つ頷く。
ノウは現状が飲み込めていないのか呆然とシェスの方を見つめ返した。
その細い瞳は背の白い羽根をじっと凝視している。

「お前が撫でくりまわしてた蝙蝠は俺だ」
「……っ!」

白い翼をゆっくりとはためかせながら嗤えば、ノウがはっと息を呑む。
シェスが一体どういったものなのかわかったのだろうか。
その顔が赤くなったり青くなったりしているのを愉快そうに眺めて嗤う。

「…ひひ、どうやらわかったみてーだな? 何だ、あまりに恐ろしくて声が…」
「ご、ごめんなさい、あの全身たくさんもちもちしちゃって。あの、でも首周りがとてもふかふかしててすごいっておも…」
「まったくだぜ、無遠慮にべたべた、べたぺたと、おい、違う。そういう話じゃねぇ。首周りの話は置いておけ。お前は馬鹿か?」

見当違いの返答が返ってきて、シェスは思わず胡乱げに蜂蜜色の瞳を眇めた。

「で、でも…」
「でもじゃねぇ。随分と余裕ぶりやがって。俺の姿をみてまだわかんねーのか?」
「えっ、姿…?……っ!?」

そこでようやっとノウは気づいたのだろう。

シェスの神父服や白い手袋が赤黒く染まっていることに。
嗤う口元から見える鋭い牙に。
背に広がる白い翼の形に。
蝙蝠に姿を変えることができるその意味に。

「…きゅ、きゅうけつ、き」
「おー、よく知ってんなァ」

ノウの小さい口からこぼれ落ちた単語にシェスが嗤う。
のどかな山奥に住んでいたノウにとって、そういった類は極稀に流れ着いてくる吟遊詩人の詞曲にでてくるようなおとぎ話上の存在だっただろう。

「かわいそうに。お前が構い倒してたあの蝙蝠は、そりゃあもう恐ろしくて美しい化物だったってことだ。あー、そうそう。俺はな?やられたらやり返すのがモットーなんだよ。だからな?」


――あいつら、殺してやったぜ?


シェスがにこやかに告げた言葉に、ノウがひゅっと息を呑む。
あいつら、とは誰だろうかと考える必要なんてなかった。
眼の前で嗤う男があの白い蝙蝠ならば、そういうことだ。

「こわいか?こわいだろ?お前、よかったな?今の俺はな、腹がいっぱいなんだ。腹が減ってたらお前を食い殺してやろうかと思ってた」

シーツを裾を掴む手はかたかたと震えている。
当たり前だ。
全身が血まみれの殺人鬼にこんなことを言われて笑顔を向けるなんてできないだろう。
できたとすればそれこそ正気の沙汰ではない。
さすがに危機感のない腑抜けた子供なノウにもそれぐらいはわかるはずだ。

「まあ、しばらくは生かしておいてやるよ」
「あ、え、えっ…」
「"非常食"だ、"非常食"。せいぜい怯えながら俺のいうことを聞くんだな、ヒヒヒ…」
「ひ、ひじょうしょく…!」

ぶわっとノウの細い瞳に涙がにじむ。
シェスは昏い愉悦に浸りながら、ノウと会話することを楽しんでいた。

こうしてある程度怯えさせて、脅して、ホルドナから離してしまおう。
ノウが恐怖に押し負けて自分に聖水をかけたり、杭を打ち込んでくるならそれはそれで構わない。
連れ去った先で教会に駆け込んで、聖職者に助けを乞うならそれでもいい。
惜しくなったのは本当だが、それが数日で終わってしまってもシェスは構わなかった。
思考も感情も言動も、くるくると二転三転するシェスは明日にはノウがどうしようとどうでもよくなるかもしれない。
そうだといい。
世界から切り離したといはいえ、何かしら理由をつけてまた貼り付けることができるかもしれない。
この子供は自分と違ってまだ"人間"なのだから。





だから。





「あ、あの…、ひじょうしょく、は、いやです…。でも、手当してくれた、ので、お礼、したいです。だから、その…」

もじもじと俯きながら。

「よ、よろしくおねがいします…」

ノウがそんな事を言うなんて思いもしなかった。






「………はァ?」

歪に笑みを浮かべていた顔が虚をつかれて力が抜け、蜂蜜色の瞳がまんまるくなってしまったのも仕方がないことだった。






ノウが思いの外、したたかでしぶとくてしつこい気性だとシェスが思い知らされるのはもう少し先の話だ。

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